一昨日、物資を収集して、昨日朝から一気に東北へ北上しました。
(たくさんのみなさんのおかげで車三台満杯になりました!急なメルマガでのお願いなのにご協力くださった方々、ありがとうございました!)
一日で1200キロくらいかな?こんなに運転したの初めての体験でした。

東北道に入ると朝早いのに、支援物資を載せた車がどんどん飛ばして走っていきました。なんだか、私、朝から感動して涙でちゃった。

東京を離れるとだんだん美しい景色とともにのどかにゆっくりとした時間が流れている景色。
でもサービスエリアに止まると、自衛隊、いろんな県の警察車両、消防の車両が止まっていてただならぬ雰囲気。みんな北に向かってらっしゃる。
遠くは三重県の警察もいらして、お仕事とはいえ大変だなぁと感じました。

今回、目的地は決まっておらず、聖龍さん(私にヒーリング、浄霊など指導してくだったヒーラーさんhttp://healing-aashram.com/index.html)が導かれるところへということで、
最終的には宮城県の南三陸町に決定。

道すがら、ひとつの地域にたくさんお葬式が出てたりして亡くなった方が多いんだなというのを感じたりしながら車を走らせてました。

南三陸町に入ると一気に景色が変わり、
初め「ここは瓦礫を廃棄する場所に使っているのかな?」と思ったら、
違って津波で流されてきた家や車があっただけで、人が作った場所ではないと気がついて、もう唖然としました。

「  ひどすぎる…
   信じられない…   」

思わず口から出たけど、その後何も言葉が出なくなりました。
ここだけなのかな、と思っていたら、その先はもっとひどくて、車を止めて少しだけ外に出ました。
同行した人みんな、「言葉失うね…」と。

想像以上の現実に直面すると、本当に言葉は出なくなるんですね。
心が痛かったけど、離れている人たちに伝えたくて写メを撮らせていただきました。

これで終わりかなと思っていたけど、車をさらに走らすと、また、もっと広い地域が町ごとなくなっていてショックでした。

自衛隊の方たちのおかげで道が通れるようになったり、簡易の橋ができて渡れたり、彼らはこういう時にこういう仕事をするんだ~とあらためて知りました。
ありがたいです。今は少しづつ瓦礫をきれいにしているようでした。
でも、規模がでかすぎて、どれくらいかかるのかな、この先。

木にひっかかっている布や様々なものが、風が吹いたように同じ方向にむいていて、津波の怖さをよりリアルに感じました。あんなに高い位置まで水があって引いていったんだって。
飲み込まれた、という感じでした。

自然という力の前には、あまりにも私達はちっぽけで。
なのに、自然の一部だということを忘れて、特別な存在であると、人はいつからか勘違いしてしまったのか…
頑丈に作られ、全滅してあるなかに残っている建物の外枠を見ながら思いました。

南三陸町には支援物資の中央センターみたいな所があり、そこに荷物を降ろし託してきました。
大きなセンターには人が溢れ、活気がありました。
道を歩いている子供達は笑顔でハイな感じ。
いつもの生活ではないこと、多くの人が出入りしていることがそうさせているのか。

道の草取りをしている年配の女性、ねぎを植えている年配の男性、南三陸に入る少し前に、車を走らせながら目に入ってきた光景。
今までの、普通の生活に戻りたいんだろうなって感じました。

だんだんと現実を受け止め、傷ついた自分を受け入れる作業に入られるのかなって思うとつらいだろうなと想像してしまう。
失ったものが大きく、そしてあまりにも多すぎて。
でも、人は前に進む力があるから、大丈夫なんですよね。
一人ひとりの力を信じて。
東北の被災した方たちの傷が癒され、前進されるのを祈ります。

みんなで少しづつ、また作っていきましょう。
今度は子どもたちが安心して自分の子どもたちに残せる町を。

私はショックなことがあると「絶対生きてやる」って頭にこだまするんです。今回の地震でもこだましました。

みんなで、生きましょう。
あきらめないで。

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