また、5日6日と東北へ行ってきました。
今回は、実家「ろぐ亭」で15年前の高校生の時にバイトしてくれていた後輩と二人で。

今回も急に、「もう一度行くならすぐにではなければだめだな…」
との、感覚にしたがい、急にメルマガでご案内したのに、多くの方にご賛同いただきました。
市川の自然酵母のパン屋さんオープンオーブンのオーナーとオーナー夫人、そしてお仲間の皆さまにも、たくさんご協力いただきました。

ご協力いただいたみなさま、心を寄せてくださったみなさま、本当にありがとうございました。

今回は岩手に行こうかと思い、一関で一泊しましたが、気仙沼から入ろうということになり、気仙沼にまず向かいました。
先週の南三陸にきた時とは時間も経ったのでまた違ってきていて、だいぶガソリンもまわっているようで、少しづつ落ち着きが見られるような気がしました。
それに気仙沼の方が市街ということもあってか、人も多いし、壊滅的な状況だけど、なんとか早く再生していこうという力が働いていたように思います。
瓦礫の中で、青空商店を出していらしたり、生きていこうという逞しさを感じました。

市街で写真を撮らせていただいていると、年配の親子さんが、荷物を取りにかつての自宅ビルにいらしていたのでお手伝いしながらお話をうかがい、荷物を降ろすべき場所まで案内していただきました。
その方たちは、親類の家に避難させていただいているようでした。
まだ、そちらの地は電気が通っていなくて、水とガスだけで生活なさっているとのことでした。

案内していただいた市民会館で、そこの館長である松下たかこさんにいろいろお話を聞かせていただきました。
ご自分も被災者であり、旦那様も行方不明であったのに、500人以上を収容するこの施設をし切っていらっしゃいました。
はじめ、「班長」って呼ばれてらっしゃるのかと勘違いしていましたが、的確な判断力と指示わなさったりしているのを見ていて、普通の人じゃないな、と感動しました。
腹が据わってらっしゃる…
旦那様のお話をしてくださった時も、いろんな体験談をなさっている時も、取り乱さず、そこには大きな愛しか感じられないんです。
ご自分のことより、人命救助に心を向けて必死に上を動かそうとなさったようです。
一緒に行った今井君と二人、感動しました。
そちらをお別れして、次の場所に向かっている間、ふたりとも
「すげー。」
という言葉と、私は感動の涙しか出なかったです。
かっこ良すぎて、美しすぎて、二人でああいう方に出会えたことの感謝と、ああいう人になりたいう気持ちが強く湧きました。
「主人は幸せよ。きれいなまんま、かすり傷ひとつで見つかったの。
去年買った新車の車にゴルフバックと一緒で、本当に主人は幸せよ。」
22日目にして発見されたのだそうです。
他にもいろいろお話してくださいました。
どれだけ知っている方を皆さんなくされたんでしょうか?
それなのに、前を向いている。
愚痴を言わないんです。
「こうして、いろんな方に良くしていただいて。ありがたい。」
と。

松下館長にお聞きした二箇所をあたり、荷物を託してきました。
大きな施設ではかなり、物資は入っているようでした。


そして、ここは行ってみて、という被害にあった場所にも足を運んできました。

長くなったので、続きはまたあとで。

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