8日から一泊二日で御岳山の「静山荘」に泊まり、滝行をしてきました。

二年くらい前に、二度新月に高尾山と埼玉の滝で滝行をしましたが、去年は行くチャンスがありませんでした。
たまたま去年10月に行った友人が2月にも行きたいんだぁ~という話をくれて、今回の満月の行に到ったわけです。

前は暖かい7月9月でしたので、冬の滝は初めて。
今年は寒かったので、2月に入り「私寒いの苦手なんだけど大丈夫かなぁ~?」と少し思いましたが、ま、なんとかなっちゃうんですよね。

友人に今回はすべてお任せだったので、なんの前知識もなく行ってきましたが、
宿坊に泊まって着いた日、次の日の朝と二回滝に打たれることができました。
前は「まんだらや」さんをなさっているお坊さまに連れて行っていただのでお経をあげたり印を結んだりしましたが、今回は神道の作法でした。

宿坊から滝まで結構な山道を歩き、まずびっくり。

この日は、神主様が「おかしいんだよね~天気予報では晴れなのに、ここだけこんなに雪が降って…」
とおっしゃっていたくらい、私達が到着してからガンガン雪が降り始め、滝に行く間も止むことなく降っていました。

友人は一番厳しい季節にしたいという願いがあり、私も今回は禊が目的でしたのでできれば一番良い条件で…で願っていたので雪が降ってくれて二人ともにこにこ。

滝場に着いたらそこで行衣に着替え、祝詞を唱え準備をして入りました。

そこで滝に打たれるのは初めてだったのに私が一番先に打たれてしまいました。
神主様が、合図したら滝から上がらなきゃいけないのに、その「エイッ」という合図の意味が分からず
「エイッ!」と言われるたびに気合を入れていただいていると勘違いしてました。あいかわらずな私^^;
友人もあわて始め一緒に「エイッ!」っと声を掛けてくれてますます気合入れられていると勘違いして打たれ続けてました。
最後、「出てくださ~い!」と言われやっと出ました。(あとで考えたらおかしくって^^)
でもこの勘違いがとても私には必要だったみたいで、長く打たれることができたおかげで今回の目標であった感覚の気づき、自分の感情や肉体の感覚を感じて変化させていく作業ができました。

そのあと、もう一度、滝に打たれ、この日の行は終了。

でも今回の一泊二日の中で一番つらかったのは、この終わったあとからでした。
冷え切った体で、行衣から服に着替えるのが、困難で何も考えられないのです。
ただ「やばい!」という感覚しかなくて、肉体がうまく扱えない怖さがあがっていました。
冷えて体力がどんどん奪われていく恐怖。
そんなことを感じながら、裸になり真っ赤になっている自分の肌を見て、こんなに冷たくなっている体を温めようと内側は動いているんだというのを感じ、大げさだけど「死」と「生」を感じながら必死に着替えました。
来た道を戻りながら、頭の中真っ白で見た目とか一切気にすることなく、ただ歩いて体を温め「生きる」ということにフォーカスしている自分がいました。

久しぶりに、あんなに弱い自分に遭いました。

肉体は私がどんな風に扱っても、文句も言わず一生懸命自分の仕事を淡々としている。
そんな肉体に対する感謝があらためて今回感じられました。

そして肉体に対する考えを通して、今生で私が普段している仕事・営み・人間関係すべてを淡々とそして大切に向き合っていこうと思いました。

生きること。

「今」、「私は生きている」、「この瞬間」を、今私はさらに愛しく感じています。

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